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このページは、平成17年4月23日に開設しました。

このページは、令和2年4月27日に一部更新しました。
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1.8節  一事例実験デザイン

1.8 一事例実験デザインとは

 これまで述べてきた実験デザインでは、被験者は複数(複数事例)を暗黙のうちに 仮定していた。また、たとえ反復測定デザインであっても、被験者は複数であり、水準 数以上が必要であった。これに対して、臨床心理学の分野ではしばしば一人のクライ アントを一人のセラピストが経時的にカウンセリングを行なう。

 このような事態では、もちろん同一カウンセリングの方法をたとえ行なったとして も、カウンセラーの違いによるカウンセリングの効果の違いを検討することはできな いなど、伝統的な分散分析のような厳密な要因の効果の検討は不可能であるが、次善 の方法として、要因の効果を検討する方法が、これまでに幾つか考案されている。そ のような方法の1つが、一事例実験デザイン (single case experimental designs) と呼ばれる方法である(例えば、Barlow & Hersen, 1984、及びその邦訳としての 高木・佐久間による訳)。

 一事例実験デザインにおけるキーワードは、

である。

 基本的な一事例実験デザインには、つぎのようなものがある。

  1. A-B デザイン

     A 段階では、標的行動に対してカウンセラーが何ら介入しない状態で、従属変数を 反復測定する。この状態は、ベースラインである。その後、何らかの介入が行なわ れ、同上従属変数の反復測定を行なう。

     両段階の従属変数の値に差が見られる場合、何らかの介入効果が示唆されるが、 このデザインの短所は、介入が行なわれなかった場合の従属変数の値の情報を何も 与えてくれない点にある(例えば、Wolf & Risley, 1971)。

  2. A-B-A デザイン

     A 段階のベースラインでの従属変数の反復測定の後、何らかの介入を行ったうえで 従属変数の反復測定を行い(B 段階)、つぎにそれを除去たうえでさらに従属変数 の反復測定を行なう(A 段階)。

     A-B-A デザインでは、治療介入及び除去の効果を分析することが可能となる。こ のデザインで、治療介入後の反復測定によりベースラインとの比較で治療効果が 認められ、かつその後介入の除去を行なったあとの従属変数の反復測定の結果、 直ちに標的行動の悪化が認められたならば、介入の効果はあったと言えよう。

     ただし、このデザインには倫理的道徳的な短所が指摘されている。すなわち、こ のデザインでは、せっかく介入の効果が見られる場合にもそのような介入(治療) を途中でやめることになるから。

  3. A-B-A-B デザイン

     A-B-A-B デザインでは、A-B-A デザインによる反復測定を行なったあと、実験を 終了させないで、再度介入を行いその後従属変数の反復測定を行なう。このデザイン は、A-B-A デザインに比べて倫理的道徳的問題が少ないと考えられる。

  4. A-B-C-B デザイン

     A-B-C-B デザインは、A-B-A-B デザインの1つの変形と見ることができる。 A-B-A-B デザインではベースラインと治療介入が交互に行なわれるのに対して、 A-B-C-B デザインでは最初の治療介入(A-B 段階での B)時に正の強化子を随伴 (強化の随伴性、contingency of reinforcement)させたあと、A-B-A-B デザ インのようにベースラインに戻さず、正の強化子を与えるものの非随伴的な強化 とする。その目的は、この段階では治療期であるという認識から生じる効果を 統制することである。例えば、アルコール依存症患者に対するマネー強化子の効果 の検討のためにこのデザインを用いるとすれば、最初の治療介入では血液中の酒精 濃度が低い場合はある額のお金を患者に与えるのに対して、C 段階の介入では酒精 濃度に拘わらず同額のお金を与える(Miller, et al., 1974)。

 Barlow and Hersen (1984)(及びその邦訳としての高木・佐久間による訳、2001) には、これらの基本的なデザインの詳細と、これらを組み合わせたいろいろなデザイン とその具体的な適用例が掲載されており、参考になる。ただし、これらのデザイン に対する統計的分析方法としては、伝統的な t-検定や F-検定、ノンパラメトリック 検定、時系列解析などが知られているが、現状では不十分と言わざるを得ない。 その原因の1つとしては、伝統的な一事例実験デザインのデザイン自身の限界も指摘 できよう。

 この点を打破する1つの方向は、近年数理統計学の分野等で1つの大きな潮流になり つるある70年代後半から発展している幾つかの反復測定もしくは経時データの分析方 法を利用することであろう。それらの方法は、このテキストで紹介している球形仮説の 検討を中心とする反復測定デザイン分散分析ではなく、反復測定(一般)線形混合モ デル)、非線形混合モデル、一般化線形混合モデルなどである。これらについては、 紙面の関係上、ここでは省略するが、概要については例えば千野 (2003) がまとめて いるので参照されたい。

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