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2.1.5 節 球形検定の問題点とF比の歪みへの対処法

  これまで3つの節にわたり、球形検定の理論について述べてきたが、これについて は問題がないわけではない。これまでに研究者達により問題にされてきた点は、 大きく分けて2つある。1つは球形仮定からの乖離に対する全体的 F-検定や対比 検定(F-もしくは t-検定)の頑健性の問題であり、他方は正規性からの乖離に 対する球形検定の頑健性の問題である。

  まず前者については、これまで Collier et al. (1967)、 Keppel (1973)、 橘 (1986) らの楽観的見解(テストサイズつまり第 1種の過誤が例えば5パ ーセントの場合、そのインフレは高々 10パーセントという見解)が、少なくと も本邦では支配的のようにみえるが、この見解はおおいに問題がある。というのは、 この見解の根拠になっている Box (1954b) や Collier et al. (1967) の結果は、 特殊な反復測度間相関構造のケースにおけるシミュレーション結果の結論に過ぎず、 球形仮定からの崩れが最悪の場合には、テストサイズのインフレ率は名義水準が 例えば5パーセントの場合では、40パーセントを越えることすらあるからで ある (千野、1995a、1995b)。第2種の過誤への影響についても、Boik (1981) の研究があり、これを見ても楽観的見解は問題が多いこと が明らかである。

  後者については、Mauchlyの検定もMendozaの多標本球形検定も共に尤度比 (LR) 基準に基づくものであり、弱点がないわけではない。例えば、Huynh \& Mandeville (1979) によれば、一般にLR(により構成される)基準は、正規性 からの乖離に対して頑健ではない。ただし、この基準も母集団分布が軽い尾を持つ 場合には頑健であるという。

  Huynh らはこのようなLR基準の性質に着目し、RB-p デザインで、軽い尾及び重い 尾を持つ幾つかの分布を用いてMauchly基準のシミュレーションを行い、社会・行動 科学の分野でよく見られる軽い尾を持つ分布の場合にはMauchly基準は球形検定と して合理的であるが、重い尾を持つ分布の場合にはMauchlyの球形検定は行わず自由度 を修正して 近似 F-検定 を行った方がよいとしている。

  一方、Keselman et al. (1980) は、SPFデザインで、共分散行列の異質性及び 球形(sphericity)からの乖離の効果を検討し、正規分布の場合でさえMauchly の球形検定もBoxの共分散行列の等質性の検定も、共分散行列の等質性や球形仮説 からのちょっとしたずれに対しても頑健ではないので、球形検定を行わず Greenhouse とGeisser (Greenhouse \& Geisser, 1959) の3段階手続き (the three-step G-G procedure、以降、 3段階G-G手続き と略す) を用いることを勧めている。

  ここで、3段階G-G手続きとは、つぎの手順で反復測度要因の主効果や 交互作用の検定を行う方法である;

  1. 自由度を修正しない通常のF-検定

      主効果や交互作用検定のF-値を、通常のF-検定で行い、これで有意でなければ 検定は終了する。これは、最もリベラルな検定である。

  2. 保守的検定

      もし、上の検定で有意であれば、Geisser \& Greenhouse (1958) の示唆した 保守的検定 (conservative test) を行う。この 検定は、自由度を Box/G-G $\epsilon$ の下限値にとってのF-検定である。これ で有意ならば、検定は終了する。この検定は最も保守的な検定と言える。

  3. 近似 F-検定

      もし、第2段階で有意でなければ、標本から $\epsilon$を推定し自由度を 修正した近似F-検定を行う。

ただし、既にGreenhouse \& Geisser (1959) も指摘しているように、この手続きも サンプル数が小さいときは(RB-p デザインでは $N   Jaccard \& Ackerman (1985) は、これらの研究を受けて、Mauchly 検定を用い ないで3段階G-G手続きを用いることを勧めている。しかしながら、Huynh ら の研究からは、既に述べたように少なくともRB-p デザインでは、軽い尾を持つ 分布の場合にはMauchlyの球形検定は合理的であるという結果が出ているので あるから、これを利用すればよかろう。

  一方、上述のKeselman らの結果は、LR検定がある条件下では頑健でないという 性質からは当然の結果であるともみれる。というのは、Keselman らは全く引用して いないが、既にJohn (1971, 1972)、Sugiura (1972)、及び Nagao (1993) らの研究 により、LR基準は一般に帰無仮説の近傍では頑健でなく、検出力も劣ることがわかって いるからである。

  John らは、この点を克服するために帰無仮説の近傍で最も検出力の高くなる検定 として、LBI 検定 (locally best invariant test) を提案している。LBI 検定は 漸近的には Mauchly の基準と同一の分布になることがわかっている (John, 1971) が、exact な分布は現在のところ変数数が3まで(反復測度分散分析の文脈では4 まで)しかわかっていない。Grieve (1984) は、LBI 基準が Box/G-G の$\epsilon$ の単純な関数として表されることを指摘している。

  ただし、LBI 検定の頑健性については、筆者の知る限りにおいてはほとんど研究 がないのが現状であるし、LBI でいう球形仮説の近傍という時の Box/G-G $\epsilon$ の値はどれぐらいの値までなのかについてのシミュレーション研究も Grieve (1984) 以外は見当たらない。このようなわけで、球形検定については、 現状では完全なルーチン的手順を書き下すことには慎重であらざるを 得ない}。しかし、だからと言って、球形仮説の検討を無視したり、Jaccard らの 言うように3段階G-G手続き一辺倒であればよいという訳ではないものと思われる。

  これまでの研究を総合すると、F比の歪みへの対処は、データが